
Yuki Tabata [vocals, bass guitars and additional electric guitars]
Shingo Noguchi [drums]
composed, arranged and written by Yuki Tabata
Drum tracks were recorded and engineered by Kousuke Tashima (Sound K-Fukuoka)
Other instrumentals were recorded, edited and mixed by Yuki Tabata
Mastered by Soushi Mizuno (STUDIO MASS)
西暦2025年10月、音楽プロジェクト Parvāne 主幹である田畑佑樹は、活動形態を生演奏バンドに移行して以来の宿願である2ndアルバムのレコーディングへと踏み切った。過ぎた夏のベーシスト脱退により、新たなメンバーを加え・いちから楽曲の指導にあたることが最も穏当な筋道と思われていたが、充当可能な時間と費用の面からしても、田畑本人がベースギターをレコーディングする以外に実際的な問題解決の方途は無いように思われた。よってこのアルバム制作過程は、主幹自らが弾いたこともない楽器を購入・録音するところから始められた。
全11曲・総尺77分という質と量を備えたアルバムの全容、それを具体的パートの録音物として収穫するためには、ひとまずは田畑ひとりが苦労すればよい話であった。ベースギター、ボーカル、つまり演奏を構成する半分の要素、それらのクオリティは彼自身のパフォーマンス如何に委ねられていたからだ。ベースと並行してボーカルのレコーディングも開始され、ドラムスとギターを担当する2名のメンバーにも計画を通達し、遅くとも来年1月末にはすべてのレコーディングデータが揃うであろう手筈が整えられた。
11月に行われたドラムスレコーディングでは、田畑が常日頃から尊敬するドラマーこと野口真吾氏の、最も多忙な時期のスケジュールを割いた4時間×3日間のレコーディングにより、予備テイクも含むすべてのドラムパーツが得られた。スタジオで合わせてすらいない楽曲を完璧なクオリティで叩ききり、さらに複数のソロパフォーマンスから最上の部分を繋ぎあわせる楽しみまで添えられた野口氏の成果物は、アルバムプロデューサーかつミキシング担当者である田畑のインスピレーションを甚大に触発するものであり、この晩秋時点でのレコーディングはすべて順調に進んでいるように思われた。
田畑本人も連日の執拗な録り直しを経て、最も大きな不安要素と危惧されていたベースギターのクオリティは、現実的に使用可能であるとの判断が得られるまでになっていた。一方、多種多様なパートを最上のクオリティで録らねばならないボーカルに関しては、数日おきにレンタルスタジオを個人練習プランで取ったうえでの2時間レコーディングを繰り返すほかなく、その進捗の遅さこそあれ、1曲ずつ適切な試行を繰り返しながら採用テイクを決めてゆく過程の繰り返しは、遅くとも来年春までにアルバムが完成する未来を予見させた。
ところが最初の躓きは、12月初頭のエレクトリックギターレコーディングの過程において生じた。Parvāne バンド演奏形態移行以来の初任メンバーである山根竜哉には、数週間前から “現状でオクターヴチューニング合ってる? ずれてそうだったらレコーディング直前に調整に出します” 〔原文ママ〕と通達し、彼自身から「特に問題ない」との回答を得ていた。が、彼が当日持参したギターは、明らかにピッチの安定性を欠いていた。
そのギターがバンド主幹たる田畑の購入によって山根に貸与されていた事実は、強調されておくべきだろう。Parvāne 前作シングル『無残な不死』を聴いていただければ明白だが、前夏に収録されたあの作品のギターにおいて、ピッチが不安定な箇所は(ほぼライヴレコーディングの性質上、チューニングの確認を怠った数秒間以外は)無い。にも拘らず、同じギターを・同じギタリストが弾いたものを・同じミキシング担当者が編集する今回の作業において、その安定性は明らかすぎるほどにまで破調していた。加えてそのレコーディング日程は、山根の活動拠点地に田畑が直接出向き、宿を取ったうえで4時間×2日のレコーディングを行うものであった。つまり連日のレコーディングにチューニングが破綻したギターを持ってこられたうえ(そもそも田畑が山根にギターを与えた理由は、ハムバッカーピックアップ搭載のギターを山根が所持していなかったためである)、すぐにギターリペアマンとのコンタクトが取りづらい地理的条件までもが加わり、合計8時間のレコーディングは、採用できるわけもない申し訳程度の演奏がプロジェクトファイル内を埋め尽くすだけの結果に終わった。
もちろん、この程度で状況を悲観するような田畑佑樹ではない。山根は2日目の時点で「今回のレコーディングで支払われた報酬は返金する」と申し出たが、田畑は固辞し、ギターを福岡市に持ち帰り、調整を施したうえで12月下旬以降のレコーディング予定を新たに設けた。市内のリペアマンとの連絡もすぐにつき、大晦日には気を取り直して別途アコースティックギターを録るべく、ふたたび田畑自身が山根の拠点地に赴いた。
しかし、同じ問題が別様に勃発した。田畑が貸したのではない山根本人の所持・管理による、普段からそれを使って演奏やレッスンの仕事をこなしているはずのアコースティックギターでさえも、チューニングに問題を抱えていた。レコーディングを監督する田畑本人は、そのピッチをダウンチューニング適性弦(もちろんレコーディングに際し田畑が与えたものである)の特性かと思い、山根本人も普段使いのチューナーによってピッチは問題ないと言っていた(しかし、ここで山根が使っていたクリップチューナーは、具体的なセント数が表示されるほど厳密なものではなかったことは付言しておく)ため、ひとまず演奏者を信じて迅速なレコーディングを行い、2曲を収録した。その演奏を(ミキシング用のヘッドフォンではなく)室内で聴く時点では、田畑もひとまずは満足していた。
しかし、アコースティックギターを録るために使用したマイクとラインの両トラックをミックス用プロジェクトファイルに投入した途端、問題は瞭然となった。山根が「スタジオ」の名目で確保した(つまり田畑が福岡市から出向くことになった)施設は、音響処理など全く施されていない、ただの「道路沿いに位置するため楽器の演奏が漏れてもさほど文句がつかないだけの部屋」でしかなく、その乱反射する周波数特性の混雑により、マイクトラックのクオリティは壊滅していた。アコースティックのアンビエンスを確保するために不可欠なマイクトラックは、狂わんばかりに耳障りな音波を発している7箇所ほどの周波数域を切り落とし、リバーブ用の音像として割り切りでもしなければ使い物にならなかった。そもそも田畑佑樹にとりアコースティックギターの収録はこれが初めてだったが、この問題は(残りの1曲を録るための)2度目のアコースティックギター録りにおいて露見した。今度は田畑の居住区近くにある、ドラムスやボーカルにも使用しているスタジオにてレコーディングしたが、その際にマイクに収められたEQ特性には何の問題も無かったためである。同じギターを・同じギタリストが弾いたものを・同じマイクで・同じ担当者が録る。それによってマイクトラックの出来に各段の差が出たことは、山根が先だって選んだ「スタジオ」がレコーディング用に全く的確ではない、つまり彼自身が(演奏によって金銭を得続けている立場の者であるにも拘らず)アコースティックギターの録音クオリティ確保のために一切の知識と能力を持っていない事実を証明するものであった。ふたたび強調しておくが、この時点での田畑はアコースティックギターの収録経験が一切なく、プロであるはずの奏者を信頼したうえで教示を乞う立場にあった。しかしその構図も、2度目のレコーディングにおいて田畑の収録環境選定のほうが正しかったことにより破綻する。
私物のアコースティックギターでさえもピッチの不調を看過し、さらに音響クオリティをも壊滅させた山根の失態を前にしても、アルバム完成のためにあらゆる時間と金銭を捧げる田畑の方針は揺らがなかった。まずは先延ばしになっているエレクトリックギターレコーディングを1月初頭に行ったが、その最中にさらなる問題が露見する。先だってリペアマンに調整を依頼していたチューニング機能の問題は、実際には解決していなかったのである。前月に「このギターはレコーディングに使うので、ピッチを安定させるために必要な調整は全て行なってほしい。追加の費用ならいくらでも出す」と田畑から伝えられていたにも拘らず、リペアマンは申し訳程度のナット調整とクリーニングのみで終わらせた。レコーディング中に再び露呈したピッチの不安定を指摘されたリペアマンは、さも彼自身がギターの問題をあらかじめ理解していたかのように「そういう場合、我々はまずペグを疑いますね」と言った。彼は前もって田畑から必要な調整を全て行うよう伝えられていたというのに、後日に自分が施した処置の問題点を指摘され、それさえも先刻承知だったかのように、慌ててプロとしての自分の外面を取り繕いはじめた。もしそのリペアマンが(自任するように)本当に有能なプロであるのなら、ナットを調整した時点で「これはちょっと根深い問題ですね、のちに心配事を増やさないためにも、ペグの交換が必要になるかもしれません」と通達していたに違いないのだ。そうであれば田畑は間違いなく追加の処置を依頼し、実利的な判断に感謝し、時間を節約したうえでレコーディングに臨めただろう。しかしかのリペアマンが現実に引き起こしたのは、「請け負ったギターの問題点を正確に把握せず、最低限の処置だけ施して金を取り、顧客のレコーディング作業中に自らの不徹底が露見したあとで、あらためてペグ交換のプランを提案する」という後手後手の対処、それによる時間の浪費だけだったのである。
田畑佑樹は今回、なにも愚痴を垂れたいがためにこのテキストを打ち続けているのではない。本文の目的のひとつは、この時世に一定の質と量を備えた音楽アルバム制作を志すミュージシャンのために、実際的で有用な忠告を発することである。
「ギターの仕事に携わっている “プロ” のなかで、プロダクションの知識と能力を持っていない者は一切信用するな。たとえ有能に見えたとしても、その者は厳密なレコーディングの現場で発生する問題に対処できないどころか、その瑕疵を問題として自覚するための習慣すら持っていない可能性が高い。もしギター関連のレコーディングを依頼する場合は、奏者が問題ないと言い募っていたとしても、事前に断片的な試験テイクを送らせたうえで現状での問題の有無を判断したほうがよい」
今回のケースに上記の訓戒を適用すると、そもそも山根竜哉は “プロ” であるにも拘らず、自分の演奏を録音してその出来を確認する習慣を持っていなかったために一連の問題を引き起こしてしまった。もちろんレコーディング監督者たる田畑佑樹は、自宅録音環境の無い山根を十全にサポートしたうえで最高の結果を引き出すための手段と準備は心得ていた。1月時点のレコーディングでは山根を田畑の自宅に招請し・2日にかけて10時間以上の作業が予定されていたため、山根の肉体的負担を最小に和らげるため近場の宿を提供した。が、1ヶ月を経て新たに段取られたレコーディングにおいて、山根の演奏はさらに拙劣になっていた。チューニングの問題をあえて除外しても、Parvāne 楽曲の根幹をなすアフロ・ポリリズム、かねてより山根もライヴ演奏において問題なくこなせていたはずの技術的要素は、たとえ妥協のうえでも採用するわけにはいかないほどに劣化していた。加えて、この1月レコーディングまでの段階で山根は少なくとも4つほどの、プロの楽器奏者として技術的どころか道徳的に考えても許容し難い諸事を起こしていたが、それでも演奏さえ録ってこちらで編集すれば良い結果が得られると信じる田畑は、山根に対して直接の注意は一切しなかった。
しかし事ここに及び、レコーディング監督として忍耐の限界に達した田畑は、ついに山根に対し、(テキスト上で)今まで起こったすべての問題を指摘した。彼はふたたび報酬の全額返金を申し出、自身の技術的問題によるレコーディングの降板を望んだ。しかし奏者として彼を落ち込ませるなど本意でない田畑は、「いまほんのひとときだけ感じてる恥ずかしさとか申し訳なさとか、全部飛ぶほどのアルバムになりますよ。そのための音楽でしょ。音楽でつらくなったことは音楽でしか直らないよ、マジで。一緒に直そうよ」〔原文ママ〕と激励し、山根もそれに応じ、みたび体勢を整え直してのレコーディングに同意した。それはあたかも少年漫画的な場面であり、以降の作業クオリティが飛躍的に向上する未来が約束されたかのようであった。
しかし、現実は真逆。リペアマンから改めて調整済のギターを受け取り(さすがにこのリペアマンは Parvāne のメンバーではない=田畑の音楽的指導の権能と義務の範囲外であるために実名は明かさず、具体的な諸事についても書かないが、彼の技術的問題も目に剰っていた。ペグを交換した後、改めてチューニングの正確性を確認する必要があったが、彼は田畑の監督下で4回もやり直しを要求されなければ、オクターヴチューニングの誤差を1セント範囲内におさめることすらできなかった)、2月にまで及ぶレコーディングが開始されたが、その過程において山根は(既にチューニングの狂ったギターで録り、ライヴでも問題なく通奏したことのある)楽曲のギターを1本録るために4時間以上費やし、そのクオリティも下がっていた。ピッチの問題は解決されたはずだが、彼自身のピッキングと押弦のニュアンスの問題によって、肝心のリードギターのクオリティは聴くに堪えないほど下落していた。この時点で田畑は山根に任せがたいと思われた数曲のベーシックトラックを自身で弾き、その他多くの重要なリフも録るようになったため、山根に任されるはずだったパートの割合は日に日に低まっていた。つまりバンド体制に移行したそもそもの目的=協働する奏者の肉体性を反映させるコンセプトはほとんど破綻していたが、山根が提供する演奏はその不安定要素を補うどころか、レコーディング監督である田畑への妥協を迫るものですらあった。
音楽アルバム制作を実地に行ったことがない者であれば、このような状態で聴かせるに堪えうるテイク編集のためにどれほどの時間と手数が必要とされるか、具体的な想像はできまい。山根が弾いたテイクの出来を判断可能な状態にまで持ち込むには、そもそも数日にまたがる編集作業が要された。それも、既に書いた失格レベルのレコーディングが終わるごとに、この数日の手間が費やされたのである。山根は2月時点においても、(1曲のギターを片方録り終えるために4時間もかける自身の技量など考慮せず)進捗度外視のスケジュールを組んでいたため、任された全曲にいちおうの決着をつけるだけで2月のすべてを費やした。言うまでもなく、これらの作業によって田畑は自身の本分であるボーカル録りとミキシングの洗練のために割かれるべき時間の多くを失い、ついにはアルバム発表の予定時期を1ヶ月遅らせる必要に迫られた。
ミックスが完成に近づくごとに、各トラックに込められていたあらゆる特性は浮かび上がる。野口氏が3日で片付けたドラムス演奏は、田畑が編集を加えるたびに恐ろしいほどの美質を明らかにした。田畑本人の演奏によるベースギターも、執拗な録り直しと編集により、素人の演奏にしては満足しうる出来として数ヶ月前に落着していた。が、山根のギターだけは、ミックスのバランスが整い・各楽器の分離が鮮明になるごとにその拙劣さばかりが浮き彫りになった。田畑が「プロギタリスト」に演奏を任せたそもそもの要因であり・奏者にとり見せ場ですらあるリードギターも、作曲者の意図とは全くお構いなしに、楽曲自体に込められた本来的なユーモアとは全く別の、不愉快な笑いを惹起せざるを得ないほどの酷さばかりがアピールされ、事後の(ピッチ修正さえも含む)編集でもそれは収拾不可能なものであった。
レコーディングの最終日、田畑は山根に対し、「君をプロとして挫折させたいわけじゃない」と前置きし、きわめて親密で穏和な口調になるよう努め、今回のレコーディングで起こった問題をあらかじめ回避するための具体的手段を教えた。自分の演奏を自分で録ってその出来を判断する習慣があったほうがよい、高価でないラップトップとオーディオインターフェイスだけでそれはできる、そもそも自宅での録音環境とそれを使用して練習する習慣があれば今回の問題がここまで長引くことはなかった、アマチュアである私がそれを行っているのにプロである君にそれができないわけがない。など、叱責の口調に傾かないよう一連の訓示を与えたあと、それでも田畑は、アコースティックギターに関して専門的な知識を持っているはずの君があのようなレコーディング環境を選んだのはおかしい、こちらが貸与したギターだけならともかく君が仕事に使用しているアコースティックギターのピッチまで狂っていたことは許容し難い。と最大の問題点を強調し、今までの報酬の全額返金を山根に要求した。かねてより自身の義務履行の不適格性によって繰り返し返金を申し出ていた山根はこれを承服し、当日中に現金で返した。
3月に入り、田畑はスタジオでの録音を切り上げ、さほど部屋のクオリティに左右されないダイナミックマイクによるパートをひとつひとつ仕留め、アルバム全11曲のミキシングを詰めた。しかし最大の問題点が山根によるアコースティックギターの演奏クオリティであることには変わりなく、最良と思われるアコースティックギター用ミックスチェーンが得られたあとで、むしろその問題は明瞭となった。なにしろ山根は楽曲内の重要な和音を間違えて弾き、数ヶ月前に作った曲を初めてアコースティックで録る作業に追われていた田畑はそれに気づかなかったのである。 Parvāne の存在を多くのリスナーに紹介するために最良の楽曲と見なされていた『別の毛が行う』は、当初からアコースティックギターの使用が必須のものとして作られたが、山根の複合的失態によってその編曲は実現不可能となった。代わりに、田畑本人が不本意ながらエレクトリックギターによって弾き直し、その結果として得られたものが今回の音源である。つまり、今回のアルバム制作過程においてひとまずの完成形を得たのは、山根の演奏が完全に省かれた楽曲のみだった。
その他の楽曲についても、同じく収録されているとおりだ。田畑はマスタリングを予約していた(その予定でさえも1ヶ月遅らせたのは既述のとおりである)前日まで全曲を完き形で発表すべく日夜問わず作業したが、それでもギターの拙劣さを覆い隠すための作業に時間が取られすぎ、ボーカルトラックの多く(とくにダイナミクス、ディエッシング、音量オートメーション)の調整はラフミックス段階から脱していたとは言い難い。つまり4月中旬までのすべてを費やしてもなお、田畑は今回のアルバムが正式に発表可能なクオリティに達していないとの判断を下さざるを得なかった。
しかしそれでも、『別の毛が行う』とそれ以外の楽曲のドラムスとベースギターの出来は輝いている。今回のアルバムは、順当に出来上がってさえいたなら、西暦2020年代半ばを迎えても未だ決定的な美が与えられていない「ヒップホップの生演奏」の肉体性、その新たなスタンダードとして世に出るはずのものであった。かろうじて全体を披露できた『別の毛が行う』が、アルバム全楽曲のうち唯一アフロ・ポリリズムの要素が皆無なポスト・パンクのビートに則ったものであることは些か以上に皮肉かつ不本意だが、この楽曲のヴァースのビートが『Rapper’s Delight』と全く同じ拍取りであることはヒップホップヘッズであれば一瞬で感受可能であろう。その他の楽曲については、そもそもすべてのパーツがそれぞれ別の拍分割を担っている特性の半分(ギター、ボーカル)が剥ぎ取られた状態で聴かれるしかなく、全容はリスナーの想像に委ねるしかなくなってしまったが、それでも現代のラッパーたちがこのドラムスとベースに乗せてパフォーマンスを披露するに際して極めて芳醇なスリルを提供する質に仕上がっていることは間違いない。
西暦2026年、政治・経済を含めたあらゆる条件が混乱の一途を辿っている時世に田畑佑樹が提供できたのは、1つの楽曲と・10曲分のドラムスとベースによるインストゥルメンタルのみであった。田畑はこの結果を不本意には思うが、後悔は一切ない。そもそも田畑は今回の作業を完遂するためにあらゆる手段を使い、270万円ほどの負債を抱え、それらのほぼ全てをアルバム人件費のために投入した。つまり完成しても/せずとも田畑は発表後の自己破産を前提として事を起こしたのであり、今回の途絶がギタリストとリペアマンによる複合的人災の結果でしかなかったとしても、自身が果たした務めに悔いはない。
ここまで本文を追っていただけた、おそらくは音楽に身を置く同志であろう読者に対し、最後に伝えておくべきことはひとつだ。自分の使命から逃げるな。あらゆる諦めを動員するための言い訳が可能な西暦2020年代において、あなたが怠惰に過ごした1日は、1,000日を費やしても取り返せるものではない。昨年の秋から時間と金銭を音楽のために投げ入れ続けた田畑佑樹の存在が証明し得たのは、この一事しかない。世界が破綻しているのならば、その予後にも残る、政治・経済の条件を問題としない成果物を得るための最良のチャンスではないか。あくせく溜め込んでもその価値の保証など一切ない日本円などが、一体なんの問題になるというのか? 未だに「今は耐え時、滅多な行動には出ないのが肝心です」と外側の世界が自分の安住を確保してくれる前提の怠惰を貪り続けてもなお、現行の世界史はいっそ愉快なほどの破綻をたどってゆく。その壊乱の中にこそ最大の好機が潜んでいたと、後になって気付いたところで、あなたに一体どのような言い訳が残っているというのか?
なぜこの世には、他人の時間を平気で無駄にする人間が存在するのか? 理由は、その当人が平気で自分の時間を無駄にし続けているからだ。なぜこの世には、自分が専門にしているはずの表現の仕事をナメる人間が存在するのか? 理由は、その当人自身ができることをあらかじめ見くびり、その下限を周囲の人間にも自明として押し付けているからだ。自身を侮辱している人間は他者をも侮辱する。真っ当な自尊心さえ抱けていない人間ほど始末に困るものはない。それは精神のみならず、必ず技術的問題として露出せざるを得ないのだ。田畑佑樹は一部の望ましからざる者との協働を経て、この原理を強かに再認する結果となった。
このようにいびつなかたちで音源をリリースする結果にはなったが、Parvāne バンド形態移行以来の専任ドラマーである野口真吾氏と、以来のドラムスレコーディングのエンジニアリングを担当していただいた Sound K の田島こうすけ氏には、この場を借りて満腔の謝意を捧げたい。田畑佑樹が正社員職を辞して福岡市南区に引っ越したうえでの音楽制作を始めたのは、彼らのような素晴らしい音楽的能力を備えた人々の存在ゆえである。とくに、田畑が未だに関わりを持てていること自体が奇跡的と思えるほどに優れたドラマー・パーカッショニスト・音楽講師である野口氏には、音源作品を不完全な形で出すことになった経緯を申し訳なく思う一方で、彼の凄まじいほどのインテリジェンスに満ちた演奏を誰にでも聴きうる形でパッケージできたことを誇りにも思う。音楽制作の実務においてこの上ないほど有益な助言の数々をくださった田島氏の存在も、田畑が現実感を喪失せずにここまでの作業を遂げる最大の手助けとなった。これほどの技術を備えた方々が、東京よりもむしろ朝鮮半島や中国語圏に近い九州北部という地理的条件に拠点を構えて活動しておられること。それこそ田畑が「上京」などに一切価値を認めず新たな音楽交通の要所として福岡を選んだ最大の要因、およびその根拠であった。
田畑佑樹は双子座生まれのAB型であるため、あらゆる要素を半分ずつ得るしかない。今回は野口氏の鮮やかな協力と自身の試行/もう片方ではギタリストとリペアマンの信じ難いほどの怠惰と無能。それら両方を得る運命に最初から田畑はあったのであり、その所得として今回のかたちに妥協せざるを得なかったことに一切の不平も無い。
繰り返すが、本文の公開に田畑が踏み切ったのは、これから質と量を備えたアルバム作品を発表せんとするミュージシャンたち、彼女ら彼らに待ち受けているかもしれない予測外の波乱に見通しをつける、そのための例を提供するためである。これは一神教と精神分析の論理が一致する点だが、人間には(善/悪問わず)予想できる限りのことは起こらない。予想したよりもさらに善いことと悪いことの両方が、不意打ちそのものとして起こるのである。田畑は、今回の音源を公開したきっかけで何らかの評判を呼び・新たな資金を得て再び制作に戻れるなど、あるいは本文を読んで発奮したギタリストが新たにレコーディングを請け負ってくれるなどとは、一切期待していない。それよりも善いことと悪いことが、両方起こらざるを得ないのだ。
本文で一切の敬意が捧げられない山根竜哉は、最終的に彼自身の怠慢の連続で起こされた予定変更・それによって発生した追加の費用(東京都のマスタリングスタジオへの航空券の取り直し等)を埋め合わせるために「慰謝料」を払うことに合意し、その金額も彼のほうから提示した。にも拘らず、現在の山根は田畑との連絡を一方的に断ち、件の「慰謝料」も未だに支払われていない。つまり彼は、金銭授受とともに個人契約の責任を果たすべきミュージシャンが、専門的技術を欠くのみならず、社会的義務さえも放棄したときにどのような制裁が課されるか、まったく理解していない。だからこそ田畑はこのような形で今回の経緯を外部化したのだ。
以上が、本音源『別の毛が行う(ならびに、人災によって途絶した制作の記録)』が世に出るまでの経緯である。必要事はすべて書き終えた。今回、唯一ボーカルとギター付の音源として発表された『別の毛が行う』は、田畑が野口氏と田島氏の助力を得て、決して肯定するわけにはいかない怠慢と無能を克服する経緯自体の作品化、それ以外の何物でもない。この楽曲のレコーディングに使用されたギターは山根が触れていたものと全く同一物だが、田畑による演奏内容のチューニングに不備を指摘するには、よほど過敏でなくてはなるまい。勤勉と忍耐は怠慢と無能に打ち克つのだ。繰り返すが、田畑はバズだの何だのの浮ついた成功は一切期待していない。完成形を見なかったフルアルバムのプロジェクトファイルたちは、これからも常に更新を期待しながらハードディスクの中で眠り続ける。制作を途絶させたのは田畑自身が予想さえできなかった人災であったように、それをいつの日か復活させるのもまた、予想さえできない僥倖であるほかない。
「蛾」のペルシア語に直接由来する音楽グループ Parvāne の活動もまた、本音源のリリースをもって途絶する。その理由が金銭的問題以外の何物でもないことは強調するまでもない。田畑佑樹は、自身が調達しうる限りの資金を費やした結果、経済的に破滅する。しかしそれは理性の焔に焦がされて消滅する蛾の運命と比べて、なんと卑小なものであろうか。
西暦2020年代の「音楽家」たちは多くの肝要事を誤解している。19世紀以降の近代資本制が破滅しようと、音楽の文化は一切の問題なく続くこと。それが最大の要点だ。たとえ国家が滅びようと人間は残るように、音楽の営みに寄生し・かろうじて小さな利益を貪っていた近代資本制が跡形もなく滅びようと、音楽の主体はお構いなしに居座り続ける。田畑佑樹が身を置いたのは、まさに卑小な些事を問題にもしない、陽気で獰猛で御し難い族《うから》の巷である。
今回の試行において田畑佑樹は、「雑種と混血しか居ない世界での共生の歌」こと『別の毛が行う』の音源化にひとまずは成功した。この楽曲が前提とする「夜よりも怖い昼」の世界は、今後数年どころか数ヶ月においてますます深まる世の混迷によって、現実の時制においても徐々かつ明らかに展開してゆくだろう。そのように現行の世の価値なるものが革《あらたま》った後の世界で、途絶したアルバム制作の再出立が前触れも無しに始められたとして、一切の不思議もないのである。
西暦2026年5月3日18時41分 福岡県福岡市南区海抜5m
Parvāne主幹 田畑 佑樹